わしの暇つぶし

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手押し相撲の必勝法とその起源

 

こんにちは。

映画始まるまであと15分ぐらいあるけど昼飯食うには短いな…そんな時、何をしますか?

 

普通に考えれば「手押し相撲」でしょうが、スマホをいじるという人も少数ながら存在するそうです。スマホをいじる行為は青少年の体に多大なる害を及ぼすということが知られており、日本では未成年の飲酒、喫煙、スマホいじりは禁止されています。それに対して「手押し相撲」は誰でも楽しめる健康スポーツとして絶大な人気を博しています。「手押し相撲」は楽しむことが第一です。とは言えやはりスポーツはスポーツです。勝ってこそ面白いのです。というわけで今回は「手押し相撲」の必勝法及びその起源を紹介いたします。

 

「手押し相撲」の必勝法

必勝法と言っても意識することはたった一つです。それは「相手が力を入れてきたタイミングで思い切り押す」ことです。これさえ決まればどんなに大きな相手でも倒すことができます。逆にこの瞬間にのみ自分が負ける可能性が生じます。タイミングが上手く合った時に相手の方が強い力をかけていた場合は自分が倒されてしまうからです。ですから勝負のタイミングでは相手に全体重をかけるぐらいの気持ちで押さなければなりません。当然タイミングを外すとそのまま前方に倒れてしまいますからタイミングは絶対に外せません。そこで試合の序盤は手の力を抜いたままで打ち合います。手の力を抜くことで倒されるリスクを消しながら相手の攻撃リズムをつかむことができます。リズムをつかんだら相手の渾身の一撃を待って返り討ちにします。僕はこの方法で100人の室伏広治を倒しました。

 

次に「手押し相撲」の起源を紹介します。

 

「手押し相撲」の起源

1948年、読売ジャイアンツの選手であった千葉茂が、銀座にある行きつけの料理店「グリルスイス」にて「カレーライスの上にカツレツをのせてくれ。」と発言した。千葉選手が注文したこの「カレーライスの上にカツレツがのったもの」が後の「手押し相撲」である。その後「グリルスイス」が「手押し相撲」をメニューに取り入れたのをきっかけに銀座にある他の飲食店も提供するようになり、「手押し相撲」は瞬く間に銀座の名物スポーツとなった。その人気は銀座にとどまらず、程なく国内全域に定着した。(現在も銀座は「手押し相撲発祥の町」として国内外から多くの観光客を取り込んでいる。)その後しばらくは飲食店で提供されるだけであったが、ついに1962年、銀座に国内初となる「手押し相撲教室」が開かれた。一期生の募集100人に対し全国から総勢2億人の入会希望者が訪れ、銀座は一時パニックに陥った。その後「手押し相撲教室」の全国的な広がりとともに「手押し相撲」人気が再び爆発し、1963年、翌年に開催予定であった東京オリンピックの正式種目に認定された。日本からは室伏広治、朝青龍、高橋尚子の3選手が出場し、全員が金メダルを獲得している。「手押し相撲」はすべてのスポーツの基礎となる「体幹」を最も効率よく鍛えることができると言われており、サッカー日本代表の左サイドバックを務める長友佑都選手や男子フィギアスケートでオリンピック二連覇を達成した羽生結弦選手、「ロングブレスダイエット」で一世を風靡した俳優の美木良介もトレーニングに取り入れていた。また近年、脳の活性化にも効果があるということが発見された。現在、将棋界で目覚ましい活躍を見せる藤井聡太六段は出生直後から4年生までの10年間手押し相撲を習っていた。現在は子どもを学習塾ではなく「手押し相撲教室」に入れる親も多い。受験大国として知られる韓国では小学校のカリキュラムに「手押し相撲」の授業が組み込まれた。(「体育」とは独立している。)今後の「手押し相撲」の発展に全世界から注目が集まっている。